大人になっても小学校という空間はなんだか特別な空気だった。

子供の通う小学校。そこのPTAの仕事の一つに、図書係なるものがある。
小学校の中にある図書室へ行き、子供たちが本を借りたい返したりする時にその処理をしたり、書架の整理をしたり、掃除をしたり。
時にはシーズンに応じたイベントの飾り付けを作ったり、壁に貼り付けてみたり、そんなことをやっている。
去年の4月から始まり、ひと月に平均して4回程度あるのだけれど、我が家は奥さんと分担しているので、僕の割り当てとしてはひと月に二回といったところ。

最初は何をやるのかわからなかったり、僕以外の人は皆女性(ママさん)ばかりだし(一年間、パパさんが来たのを見たことは無いね……)、あげくに僕はけっこう人見知りで相手が子供とはいえ接することに対して抵抗があった。当初は。

ただ、回数を重ねていくうちに、ママさんたちとも仲良くなったし、本を借りたり返したりする時の子供たちとのやり取りもなかなか楽しかった。

元気な男の子、大人びた女の子、落ち着きのない男の子、はしゃぎすぎて先生に怒られる男の子、丁寧に話しかけてくる子供たち、生徒に向かってゆっくりと話しかける先生、じゃっかん怒ってる先生、たんたんと生徒と接する先生。

僕もこんな小さな子供の時代があったはずなのだけれど、それは、そんなことすらも忘れるくらい、ずっと前の出来事。
昔仲の良かったアイツらは、今どこで何をしているのか。
生きているだろうか。死んでいるだろうか。結婚しているだろうか。独り身か。子供はいるかい。人生を楽しんでいるか。

日々をただ生きているだけなのに、毎日朝になると目が覚めて、夜になると眠っているだけなのに、いつの間にか遠くへきてしまっていることに気がつき、とても懐かしく、とてもさびしく、そんな感覚になった。

子育てをするときに、人は二度目の子供時代を過ごすことになる。
子供が生まれて育児をしているとき、自分の親もこうして自分を育ててくれたのだという思いに至り、そのときに本当に僕は親に感謝をしたように思えた。
「ありがとう」と思ったことは、あったと思う。でも「実感」とか「臨場感」を持ってそう感じることが出来たのは、自分の子供のおかげだと思う。

自分の子供の机の周りが汚くても、僕自身も小さいころから片づけが出来ない人間で親に怒られていたことを思い出し、「僕に似てるなー」と思う。
僕の親も大変だったろうなぁ、って。

図書係りの仕事で学校の中を生徒の間を縫って歩くとき。本の貸借処理をするとき。先生と生徒のやり取りを見るとき。そんなときに、形容しがたい不思議な感覚に襲われる。今と過去が入り混じったような。
現実に目の前にいる子供たちを見ながらも、僕の目に映るのは、過去の友人たち。

過去の記憶も、だいぶ色彩が薄まり、思い出せないことすらも思い出せないような、そんな年齢になった。
これからもどんどん、過去から遠ざかり、記憶も消えていくのだろうか。

僕が小学生だったのは、今から約30年前。
これからさらに30年たったとき、僕の記憶には何が残っているのだろうか。
思考は明晰だろうか。記憶はしっかりしているだろうか。

過去のことは忘れていっても、せめて、今を楽しく生きて、未来の僕が今を思い出したときに、その後も明るく生きていけるような記憶を構築していきたい。

何にせよ、図書係は楽しかったよ。

4歳の娘が書いたオーロラ姫

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