新宿歌舞伎町の賑やかな雑踏を抜けると、そこはセピア色だった……
新宿歌舞伎町の賑やかな雑踏を抜け、とあるビルの8階に上ると、そこはうちの母ちゃんの家だった。
いや、少し語弊がある。
母ちゃんが台所で料理をするときのような香りのする、そんなお店だった。(語弊どころじゃない)
新宿といえば賑やかで人が多くて数歩進むたびに人にぶつかり客引きには声をかけられ(あいにく女の子には声はかけられない)、居酒屋は多くてなんだかいろんな匂いがして、外国人も多くていろんな言語が方々から聞こえてくるような、そんな地域柄。
だけれど、その日にいった『出汁しゃぶ・おばんざい「おかか」』というお店はまったく新宿っぽくなかった。
新しいお店に行くときは、少しドキドキする。
「6年3組」の教室(ってかどうやら居酒屋っぽい)の一つ下にあるのが、友人が予約をしてくれた「おかか」というお店だった。
お店に入ると、店員より先に、その香りが出迎えてくれた。
出汁の香りだった。
僕がまだ実家で暮らしていた頃、母がキッチンに立って料理をしていた、そんな風景をおも出すような香りだった。
店内は冷房が効いていて、夏のこの時期ならではの、ひんやりとした寒さを感じた。
しゃぶしゃぶが売りなので、温度が低いのもうなずける。
友人は後から来る。
僕は女性の店員に二人用のテーブル席に案内された。
やや狭く感じるが、二人なら必要十分だろう、とその時は思った。
テーブルの上にはすでにお箸やお品書きがセットされていた。
待ち合わせの時間まであと10分ほどあるので、僕は冊子状のメニューを手に取り、ぱらぱらとめくった。

出汁しゃぶ・おばんざい「おかか」
僕は内容を凝って作ってあるようなメニューとかお品書きが好きで、お店のこだわりやストーリーが書いてあるとつい読んでしまう。
このお店もご多分に漏れず、お店で使用している鰹節やそのほかの素材について、ウンチクが書かれていた。
このお店の削り節は、0.01mmでスライスしてあるとか。
「ふーん」…って思ったのは、一般的な削り節が何ミリでスライスされているのか知らなかったから。比較の対象がないと驚けない。
近くの席のしゃぶしゃぶの匂いにお腹をノックされ始めた頃に、友人が来た。
この友人はねぇ、僕の一つ上(だったかな)の男友達で、めちゃめちゃ優秀で尊敬しております。
このお店も、友人が見つけて予約してくれました。あざっす。
人数がそろったのを見計らってか、店員さんがお通しを持ってきてくれた。
目の前には、器が二つ。茶碗蒸しと、空の器。
そして、木箱がひとつ。
その木箱の蓋を店員さんがあけると、そこにはふわふわーな削り節がばふっと入っていた。
「おかわりできますので」と店員さん。
おおー、とちょっと驚き。
「串カツ田中」のキャベツ的なノリで削り節が食べられるなんて……。
ものは試しと友人と二人、削り節を口へ運んだ。
あ、おいしい。
薄くスライスされているので、すごく軽い。いくらでも食べられそう。
「うまいねー」と友人に話しかけると、口から削り節の細かいのが躍り出てきた。
目の前にいたのが女性だったらちょっと気を遣っちゃうかもー、とか内心思いつつ、今日目の前にいるのは男性なので気にしない。
茶碗蒸しもおいしい。出汁がきいてる。
茶碗蒸しの見た目が一瞬プリンに見えてしまい、想定する味と実際の味に若干のギャップが生まれ、一口目は少し違和感があったのもの、おいしかった。
僕らが注文したのは、出汁しゃぶ。そして、出汁しゃぶの準備にやや時間がかかるとのことで、おばんざいを勧められた。
おばんざいは3種、注文した。
あと、お酒もね。
まずは、クリームコロッケ。
クリームコロッケといえば、奴らが内包するその熱量。
おばんざい界の松岡修造とは、そう!奴らのことだ!
見た目はたいしたことない。しかし我々は知っている。
見た目にだまされるな。その内に秘めたる情熱は、我が身すらも焦がし尽くさんと……
「あちっ! 熱いっすよ、やっぱり」
想定通り熱く、想定通りに火傷をする。
熱いとわかっていても何故か火傷をしてしまう、クリームコロッケ美味い。
お次は肉じゃが。
肉じゃがといえば、お袋の味代表。人生で何度食べたかわからない、そんな料理。
キング オブ 母ちゃんの料理。
…うん。
豚肉が美味すぎて、懐かしい味とはちょと違う。(褒め言葉)
最後は大根と煮卵。
やっぱり出汁といえば大根ですよねー。
何でも吸い込んじゃう大根は、やっぱり出汁がしみこんでいた。
この大根は繊維がしっかりしていて、煮崩れもせず、歯ごたえがちゃんとある。
おばんざいを食べつつ友人と会話をしていると(会話っていっても「うまい」しか言ってねー)
そこに真打ち登場。
鍋、でか!
その銅製の鍋は、二人用のテーブル席にはやや大きすぎた。
圧迫される。
鍋の中には茶色の出汁が入っていた。
店員さんが白い器にその出汁をほんの少しだけ入れ、僕らの目の前に置く。
飲んで良いらしい。
ゆっくりと啜る……「うまい」
母親が作る麺つゆの味が記憶に蘇ってきた。
最近はあまり味わうことがめっきり少なくなった、そんな懐かしい味だった。
店員さんは鍋の中に、削り節をどわっとぶち込む。
削り節は茶色い液体の中に、ゆっくりと沈んでいった。
追いがつおをするとのこと。
しばらく放置。その後、店員さんがゆっくりと丁寧に削り節をすくい上げ、一度目と同じように出汁を僕の目の前に置く。
飲んでみると、さらに味が濃くなっていた。ほっとするような味で、同時に感動もした。
素材はシンプルなのに、とても味わい深く、心が満たされるような気がした。
その後、しゃぶしゃぶのお肉と、たくさんの野菜が運ばれてきた。
普通のしゃぶしゃぶ屋のように、ポン酢やごまダレといったものは存在しない。
その出汁だけで、食べるのだ。
(飽きたら味を変えられるように、なにか調味料は出してくれたが……不要だった。出汁のみで十分。)
熱い出汁の中で色が変わっていくお肉。口に入れると、出汁の味とお肉の味が口に広がる。
二人でぺろりと平らげ、後に残った出汁を飲んでみる。
お肉の味がしみこんでいて、これはこれで美味しかった。
でも、最初に口にしたシンプルな鰹出汁の方が、僕は好きだった。
しゃぶしゃぶの後に、卵かけご飯を食べた。
ご飯の上に醤油ととろろ、卵とネギをかけてかき混ぜ、その上に大量の削り節を掛けて食べる。
削り節がやっぱりとても良い!
最後はデザート。「抹茶アフォガート」
バニラアイスの上に、その場で店員さんが点ててくれた抹茶を掛ける。
バニラアイスの甘みと、抹茶の渋みが合わさって、ちょうど良い甘さになった。
人心地ついた頃に店内を見回すと、若者が多いような印象を受けた。
鰹節と出汁、このイメージから年配の人が多いような印象を勝手に持っていたが、そんなことはなく。
そういえばここは新宿だったんだと、その時に思い出した。
「出汁」をメインに据えているようなお店というとはとても珍しく、濃い味付けになれた特に若い世代の人にとっては、ある意味、新しさを感じるのかもしれない。
帰り際、店員さんがエレベーターの前で見送ってくれた。
しかも、手土産に小さな茶色い紙袋を頂いた。
エレベーターの扉が閉まった後に紙袋の中身を見ると、
削り節と、卵かけご飯の作り方が書いてる紙が入っていた。
そして、そこに「心」も入っているような気がした。
また来よう。
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