みよけんドットログ:日々の生活や思ったことが吐き出されるログファイル。

最近、本読んでないの?


「最近、本読んでないの?」
って、つい先日奥さんに言われた。二人で朝の通勤電車に揺られているときだった。
(いつも一緒に通勤しているわけではないですよ、念のため)

確かに最近、あまり本を読んでない。全く読んでないわけでもないのだけれど。
数年前はビジネス書系の本を、貪るように読んでいたことがあった。まあ、その全てが僕の血肉になっていないことは、今の僕の生活を見れば疑いようもないのだけれど。
その頃に読んでいた大量のビジネス書は、昨年(2011年)の12月にその大半を売却した。
それ以来、本を買うときはかなり厳選している。

僕は本を購入するときのルールを設けた。大きく3つ。

①自分が欲しいと思った小説は買って良い
②知人や尊敬する人が出した本は買って良い。
③長期間本棚に置いておいても風化しない本は買っても良い。

それぞれの項目について、説明しておくと。

「①」について。
僕の読書遍歴は、小学生自体に遡る。その頃僕が好きだった本は、小説と百科事典。
思い出せる限りでは、「ズッコケ三人組」シリーズが、僕の小説を読むという習慣の始まりだったように思う。
その後、中学生で「ロードス島戦記」とか「フォーチュンクエスト」といったファンタジー系に傾倒。
高校時代も概ねその流れを引き継いだ。あとは、親の本棚からその頃の自分では絶対買わないような小説を拝借したり。
というわけで、僕の読書の原点でもある「小説」は、問答無用で今後も「買って良い」とした。
ただし同じ小説でも、人から勧められたものは図書館で借りる場合もある、かも。買うか買わないかは、あくまで僕自身の本能に委ねよう。

「②」について。
知人であったり、尊敬する師が本を出した場合は「買って良い」とした。
やはり普段から影響を受けている師の本は、もう買わざるを得ない。無理矢理買う、という意味でなくて、「絶対買わねば!」という思考になっちゃう。だからそれで良い。
知人の本であれば、誰かに紹介したり、amazonのレビューを書いたりしたいし。その人への貢献とか感謝の意味も込めて。

「③」について。
2011年末に実行した本の整理で、一番思い知らされたのが、なぜこんなにどうでも良い本が多いのか、ということ。
同時に、僕がその本の学びを、現実世界で活かせていなかったか、ということが思い知らされた。
今後は簡単に風化してしまうような本は、図書館で借りたり立ち読みで済ませたりしようかな、と。
反面、そう簡単に風化しないような本は「買って良い」とした。
たとえば四書五経と言った中国古典系。あるいは偉人について書かれた本。吉田松陰とか、徳川さんとか、渋沢さんとかね。あとは言志四録の佐藤一斎とか。他にも色々あるけど、まあ、そんなところ。

読書について、ある人の言葉にとても感銘を受けたことがある。
ある人、とは言っても実在の人物じゃないのだけれどね。

引用してみる。

『現代文学を信用しないというわけじゃない。ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。人生は短い』
『永沢さんはどんな作家が好きなんですか?』と僕は訊ねてみた。
『バルザック、ダンテ、ジョセフ・コンラッド、ディッケンズ』と彼は即座に答えた。
『あまり今日性のある作家とはいえないですね』
『だから読むのさ。他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。そんなものは田舎者、俗物の世界だ。まともな人間はそんな恥ずかしいことはしない。』
(村上春樹『ノルウェイの森(上)』)

「最近、本読んでないの?」と奥さんに言われた。

確かにあまり本を読んでない。冊数は減った。なんだか以前のように読む気が起きない。
たぶん、僕が読む本の質が変わりつつある、その過渡期だからなのかも……と信じたい。
あるいは、僕がもう人生を捨ててしまったからか、そのどちらかかな。なんてね。

人生を捨ててしまうというのは言い過ぎだとしても、しかしあながち大げさでもないのではないかな。
すくなくとも僕にとっては、読書なくして成長はないと思ってる。
なぜなら僕は、現実のこの世界において、読書に勝る経験を積んでいないから。

……続きはまたこんど。

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