みよけんドットログ:日々の生活や思ったことが吐き出されるログファイル。

「水は低きに流れ、人の心もまた、低きに流れる」

僕自身が怠惰な時間を過ごしたり、安易な選択をしたとき、ときどきこの言葉を思い出す。
「甲殻機動隊S.A.C.2nd GIG」に登場する革命家、九世英雄(クゼ ヒデオ)が最終話で口にする台詞。

僕は、時間が無いときには時間が欲しいと思うけど、時間があるとその時間を使いこなせない。
というか、時間が無いときは少ない時間を効果的に使おうと腐心し、その結果として密度の濃い時間が送れる。そしてそのような時間を過ごせたことに多少なりとも満足もする。
(もちろん、その時間内に何をしたか、ということも重要なんだろうけど、それについてはここでは考えない。)
しかし、自由に使える時間が多いとき、僕は低きへと流れる。
本来やるべき事、大事な計画から目をそらし、大して重要でもないことに時間を使う。
そして後から後悔する。
どうも時間を上手く使いこなせないらしい。
たまにまとまったお金が入ると全部無駄なことに使っちゃう、みたいな、そんな感じ。
どうしよう……
というわけで考えてみた。次に「まとまった時間」を手にしたときのために。

《① 低きへと流れる水の流れを遮断する》
人が低きへと流れるのなら、低きへと流れるその道を塞いでしまえばいい。分かりやすく言うと、環境を変える。
ついついネットをしてしまうのであれば、ネットのない環境へ。
テレビを見てしまうのであれば、テレビのない環境へ。
喫茶店で勉強するというのは、とても集中できる。
(ミスドがなかなかお薦め。コーヒー飲み放題だし。)
《② 友人との予定を入れる》
友人との約束は破るわけにはいかない。だから、その時間までに自分のやるべき事をやる必要がある。
また、待ち合わせ場所までの移動中、歩いたり電車に乗ったりという行為が「①」の「環境を変える」に繋がる。
電車の中では、そこで出来ることをすればいい。読書とかね。
僕はよく、ノートに思いついたことをメモをしたりする事が多いかな。
《③ 夢(目標)を持つ》
ぜったいに叶えたい願いがあればそれをブレイクダウンして日々のやることが明確になり、きっと時間が足りないと感じるのだと思う。
(でも最近どうも夢がないので、これはまあ、いまはいいや)
《④ 「君子は必ず其の独りを慎むなり」》(大學の第二段、第一節より)
一人でいると低きへ流れやすい人でも、多くの人の目があるところでは襟を正す事が出来る。
だから一人でいるときにでも、「多くの目に晒されている」と、あるいは「尊敬している人に見られている」と、そういったことを意識することで、自分の意識を変える。
思いついたのは、こんな所でしょうか。
「①」と「②」は周囲の環境を整えること。
どちらかというと、こちらは実践しやすそう。ただ行動を起こせば、何らかの変化が得られるだろうから。
「③」と「④」は内面を整えること。
こちらは結構、難しいかも。自分の意識を変えるというのは、分かってはいても一筋縄ではいかないもの。
ただ、本当に自分の内面を変えることが出来たなら、きっと日常が大きく変化するように感じる。
「①」と「②」が環境を変えることで行動の変化をもたらすものだとしたら、「③」と「④」は変化した内面が外側の環境を変える可能性を秘めていそう。
内面が変化すれば、他者からの自分に対する評価も変わるだろうし。
それに自分自身でも、同じものを見たとしても異なるフィードバッグが得られる可能性が出てくる。
とりあえずは、次にまとまった時間が手に入ったら、「①」と「②」をやってみよう。
最後に。
家族が家にいるときの方がなぜ時間の密度が濃くなるのかを、考えてみた。
家族と一緒に過ごしていると、今すぐやる必要性に迫られる。
なぜなら、一寸先がどうなるかわからないから。
例えば今、子供が昼寝をしていたとする。せっかくなので、その間に何かをやりたい。
でも子供は何時に起きてくるか、わからない。今すぐに目が覚めるかもしれないし、1時間後かもしれない。
とにかく時間が読めない。だから、いまその瞬間を全力で過ごす必要がある。
というわけで、好きに使える時間は必ずしも多い方が良いというわけでは無いのかも。(今の僕の場合は)
石油とかレアメタルとかの資源についてもそうだけど。
資源が少ない方が、知恵を足りない分を工夫で補おうとする。その知恵が、技術革新を起こしたり、新機軸を作り出す。
日本がここまで発展を遂げたのは、資源が少なかったからだと思う。
日々忙しく、時間という資源が少ない生活を送っている人の方が、知恵や工夫による革新的なアイデアで日々を乗り切っていくのかなぁ。
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