学びて時にこれを習う

時間泥棒のささやき

3月の後半はいろいろなことに集中できなくて。
4月はちょっと勉強に飽きてきた時期で、いろいろと横道に逸れたことをしていた。
漫画を読んだりね。携帯のゲームにハマってみたり。

まあ、良くも悪くも飽きっぽい性格の僕なので、横道に逸れることにすら飽きた僕は、5月になってようやく、勉強のペースが戻ってきた感じ。

寄り道をするとね、まあそれはそれで楽しいんだけど。
でも、「アレをやらないとな?」という小さいけれど重たい物体のようなものが心の一部に居座り続けてしまい、結局は心のそこから楽しむことはできないんだ。

思い腰を上げていざ勉強に取り掛かってみると、最初は億劫なんだけれど、でもいつの間にか集中していることに気付く。(まあ、それに気付いた瞬間というのは集中が途切れた瞬間でもあるのだけれど)

それに、やるべきことをやっている時間というのは、横道に逸れているときには存在した心の中にある重たい物体が全く存在せず。
僕の心はとても軽く、それに集中する事が出来るのだ。
そしてそれをやったあとは、たいてい達成感に満ちている。

時間の漏れる穴を塞ごう

その達成感を得るためには、多くのハードルも待ち構えている。
「やるべきこと」をやろうとしているときに、あるいは、やっている最中に、そいつは現れる。

それは「時間泥棒」
そいつは僕の心にちいさな穴をつくり、その小さな穴から、時間を奪っていく。
時間は、砂のようにこぼれ落ちていく。そして二度と戻らない。

穴は、塞がないといけない。

僕は最近、Xperiaに入れて使っていたTwitterクライアントのアプリを削除した。
ゲームも削除した。
久々に買った漫画(ちなみに、マスターキートン)は押入れの奥にしまった。

目先の快楽は目の前から消してしまおう。

そしてあの、富士山の山頂にたどり着いたときのような達成感を。

富士山を登っていると、なんども疑問に思う事がある。
「おれ、どうして登ってるんだろ」ってね。

目標達成も、それに似ているところがあるかも。
「おれ、どうして勉強してるんだろ」ってね。

勉強に限らず、仕事やスポーツでも、目標のあるものなら全て。

でも、それは、時間泥棒のささやき。
僕らから時間を奪っていこうとしている。

穴を塞ごう。
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